『見知らぬ明日』
『見知らぬ明日』
「今度、北海道にラベンダーを見に行きませんか。」
「今が一番いい時期で、見渡す限りにラベンダーが咲き誇って、
正に花で織り成す刺繍といったところかな。」
<行ってみたーい、きれいだろうな。>
そもそもその人と食事をするようになったのは、
ゴルフ練習場でフォームを直してもらったのがきっかけで、
一緒に食事をして、その後も何度も誘われたのだ。
30過ぎかな、結構かっこういい。
学生時代から付合っている彼が転勤で大阪に行ってしまったので
なかなか会う機会がなくなってしまった。
悪いなあと思いながらもおいしい食事に誘われると断れない。
でも食事のその後はなしと決めていた。
最初の食事は、六本木のフランス料理。
「じゃ、あなたと、ぼくの見知らぬ明日に、乾杯!」
<なんてきざな>とは思ったものの、
「お酒は、とりあえず前菜までは、このシャンパンで、
サーモンの香草焼きにはロワールの白のプイィフィメ、」
「そして羊料理には、赤、ボルドーのシャトーラグランジェか、
同じくメドックのポーイヤックあたりにしましょうか。」
なんて分かった風な口のきき方。
しかしまんざら嘘でもない。おいしいワイン、料理にぴったり合う。
イタリア料理の後には、消化に良いからとグラッパを勧めてくれたりもした。
話題豊富で話も上手、思わず身を乗り出して聞いたり、
吹き出して笑ったり、確かに楽しい。
さりげなくエスコートしてくれて、彼にはない気配りがある。
それがなんとも心地よい。
食事の後は必ず家の近くまで送ると言ってきかない。
でも、いつもご馳走になってばかりじゃ気がひけるので、私が誘った。
学生時代からよく遊びに来ていたこの中央線の街は人で溢れていた。
店までの道すがらこう誘われたのだ。
<北海道か、いいだろうな、でも富良野一泊!>
店内は女性客でいっぱいだった。
「へぇー味噌なの、ロールキャベツのスープの味を選べって?
うーん赤味噌、白味噌、僕の母は関西だからよく甘い白味噌を使ってたな。
おもしろいね、おいしそう。」
「昔さ、学生時代よく皆で鍋に色んな物入れて味噌と一緒に煮て、
わいわい騒ぎながら 、、、、 」
話を聞いているうちに急に彼のこと思い出してしまった。
「北海道さ、やっぱ行けない。ごめんね。」
今度の週末久しぶりに大阪行こう。
彼のきたないアパート掃除して、晩御飯一緒に食べよ。
そうだここで松葉味噌買って行って、ブイヤベース作ってやろう。
ワインはーーーーやっぱ白かな、でもカリフォルニア産。
―――さすがタイトルは良かったのですが、内容がイマイチ?
そうね、男女の恋愛の始まりも<見知らぬ明日>には違いないけど、、、
見事振られてしまったゴルフ男、彼の苦し紛れの言い訳を後ほど、、、
―――以前は松葉味噌のブイヤベースをメニューに出していました。
いずれ復活させようと思います。
『三越で』
以前新宿三越に出店していた時、
お子様連れのおかあさんがいらっしゃって、
『えーーっ懐かしいここに出来たんだ。』
と言われるのを聞いて、書いておいたものです。
今お出ししているリーフレットに載せてあります。
『三越で』
「あれっ、うそ、こんな所に出来たんだ。」
知らないうちに、子供の手を引いて、カウンター席に座っていた。
1週間後に控えた、子供の小学校受験に備えて、新しいジャケットとパンツ、
ついでに私のブラウスもと、新宿のデパートに寄った帰り、
買い忘れたパンを求めて駅に近いこのMデパートの食品売り場に足を踏み入れた。
今日もそう、何かに追われているような毎日。
なかなか子供に合うジャケットがなくて、つい時間が過ぎてしまった。
午後は塾がある。それに遅れないよう帰らなくては。しかし疲れた。
食事もできるんだ。そうだここで昼ご飯食べて行こう。
ちょっと高めの椅子に座って、子供は珍しそうにきょろきょろしている。
そう、もう10年になる、忘れもしないこの大豆をあしらったロゴマーク。
学生の頃ほんとよく食事に入った。味噌も買った。
最初は田舎の母が上京して、吉祥寺だったら、最近テレビで見たお店がある、
とか言って私を連れて行ってくれたのが始まりだった。
オリジナリティー溢れる素材重視の味噌料理が気に入って、4年間通い続けた。
サークルの<追い出し>もここでやって結構好評だった。
その店の支店がこのデパートにも出来ていた。
卒業、就職、恋愛、結婚、出産、育児、そしてお受験。
お決まりのコースを駆け足でやってきたって感じで、なんとなく息が切れてきた。
まだこれから越さなきゃならないハードルは延々と続く。
それに最近子供がご飯をあまり食べなくなったのも気がかり。
「あなたの体のためを考えて、頭がよくなるように、元気でるように、
ママがんばって作ってるのよ。ちゃんと食べてよ。」
「うん、でもあまり食べたくない。」昨日の夜も残してしまった。
そうだ注文しなきゃ。「ロールキャベツのゴマクリームソース下さい。」
「はい、ありがとうございます。すぐご用意します。」元気な声が返ってきた。
「この、ロールキャベツね、ママが学生の頃大好きでよく食べたのよ。」
「おまちどう様、ごゆっくりどうぞ。」
そうそう、これこれ。あはっ、やっぱおいしい。懐かしい、この味。
「僕も食べる。」珍しくこの子が自分から食べるって言った。
「どう、おいしい?」
「うん、ママも好きだったんだろ。やっぱうまいよ。」
あっという間に一皿食べてしまった。「すみません。あと一人前下さい。」
一生懸命栄養のバランス、カロリー考えて、この子のためばかり考えて、
それが逆に食事を押し付けて来てしまったのかも、ふっとそんな気がした。
自分の食べたいものより、子供の好きなもの。夫の好物より、子供の栄養バランス。
この頃夫の帰りが遅く、家で食べなくなった。飲んで帰ることも多い。
それでか何となく、二人の関係もぎくしゃくし始めた。
そっかー、この子なりにプレッシャーみたいなもの感じていたんだ。
もういいや自分の好きなもの作ろう、夫の酒の肴作ってやろう。
そうだよ、これでも私の人生の一部だもの。私は私、子供は子供。
なんか、肩の荷が下りた様な、目の前が明るくなったような、そんな気がした。
「ねえねえ、塾さぼって、どっか遊びにいこうか?」
一瞬怪訝そうな目をしたが、次の瞬間輝いた。
「うん、ディズニーシー行きたい!!」
うふっ、味噌少し買って行ってロールキャベツ作ろう。
よし、夫の携帯にメール入れてやろう。
<おーい、今日はロールキャベツのみそスープだぞ、早く帰っておいで>
『女子学生会館』『ジョギングの楽しみ』
当店の最初の頃のリーフレットに書いて評判の良かった文と
その続編を一度に載せてみました。
『女子学生会館』
<あれ、こんな所に女子学生会館がある。>
<おっかしいな3年間ずーっとこの道通ってるのに
どうして気が付かなかったんだろう>
と思いつつ公園に通じる小さな商店街を車で通り抜けた。
そしてその日の午後4時、一人のアルバイトの面接をした。
「へええ、公園通り三丁目て言うと、いつも通る道だ。
あの辺に女子学生会館あるよね。朝通ったんだ。」
「はい、その学生会館に住んでいます。」
「へえー、偶然だねー。あんな所にあったなんて知らなかった。
今朝初めて気が付いたんだよ」
明るく、快活で物怖じしない元気さが気に入って、
次の日から働いてもらうことにした。
仕事の覚えも早く、「いらっしゃいませ!」とにかくよく声が出る。
対応もはきはきして、お客とも笑いながら会話が弾んでいる。
若いのに珍しい。
「この味噌少し貰っていいですか。みそ汁にして味見てみたいんです。」
とにかく味噌に興味があるらしい。
そしてお客にも
「この味噌おいしいですよ。豚汁にしてみたんですがすごく合います。」
「かわいい子入ったね。明るくて良い子だ。」
お客の受けは実に良い。
夜見るからだろうか、肌の色が白く透き通っている。
しかし化粧っ気は全然ない。ショートカットで笑うとえくぼができる。
手がきれい。すらっとしてよくTVのコマーシャルに出てくる手よりきれいな位だ。
ある時、食器を手渡しして思わず触ったことがある。
どきっとした。
「随分冷たい手だね。」
「はい、でもその分ハートは熱いんです。」
笑いながら応えた。
面接で聞いたことがある。
「どうして、味噌屋で働く気になったの?」
「家が佐賀の小さなお寺で昔から味噌を造ってて好きだったから。
でもここには佐賀の味噌を置いてないので残念。
美味しいのに、今度置いて下さい。」
「お寺の娘さんとは、珍しいね。」
なんでも古くからあって、由緒あるお寺らしい。
シフトは必ず夜だけ。昼は学校があって、けっこう宿題なんかも多いらしい。
「土、日たまに昼はできない?」聞いても、
笑いながら
「だめなんです」
そして必ず何も持たないで店にやってくる。
「あれ、カバンとか、ハンドバッグ持って来ないの?」
「はいっ、近いからこれだけあればいいんです。」
とジーパンのポケットから出した100円玉を見せた。
近くても電車に乗る訳だし、普通年頃の女の子なら、
せめてポーチ位下げてくるのに、不思議な子だ。
仕事が終わると10時までに帰らなくっちゃ、と飛ぶように走って帰った。
数ヶ月が過ぎて3月も終わりの頃、
「今度のお給料、暫く旅行に出るので、実家に送って下さい。
また帰ってきたら仕事させて下さい。」
何時帰ってくるともはっきり言わないで、そのまま居なくなった。
給料は現金封筒に入れて、実家のお父さん宛に出した。
1週間して、封書が届いた。佐賀からだった。
<突然の現金封筒に驚いています。>
<どういう経緯で娘にお金を届けて下さったのか、
アルバイト代と書いてありましたが、
いつから働いていたのか、いつまでいたのか、
多分何かの間違いかと思います、、、、、、>
と言うような事が達筆な筆書きで記してあった。
そして最後には、「家の娘は2年前事故で亡くなりました。」と。
うっそー、いっやぁー、そんなあぁー、、、じゃあ彼女は、、、
嘘そんな訳は絶対ない。あんな元気な子が、...幽霊?
住職であるお父さんは、彼女が亡くなって以来、
夜10時には必ずお経を上げていると言う。
そう言えば思い当たる節も、
そう必ず夜しか働かない。しかも10時には必ず帰る。
財布も持ってない、かばんも。
そして異常に色が白い。
そして更にもう一つ確かなことがある。
彼女の面接の朝以来、
毎朝晩その前を通って来た公園通り3丁目の女子学生会館が、
彼女が居なくなったその日から見当たらない。
確かこの辺だったと、何回見てもない。
遂に車から降りて、商店の人に聞いた。
「ああ、あったよ昔は、でも2年くらい前かな、事故かなんかあってから、
学生入んなくなって、
取り壊して違うビル建ってるよ。」
「..........」
又帰って来ると言ってた。ひょっとしてそうなるかも知れない。
いいよ、帰って来いよ、元気な声聞きたいよ。
そうだ佐賀の味噌、仕入れてみようかな。
どこかで彼女の笑い声が聞こえてきそうな
........、そして公園の桜が満開になった。
————-そして次がその続編です。
『ジョギングの楽しみ』
いけね、雨降って来ちまったよ。
そこはかとなく沈丁花の香りが漂ってくる秋の夕暮れ時。
毎週休みの月曜日の夕方、自宅から甲州街道、久我山病院、
寺町通り、甲州街道と、約6kmのジョギングを10年続けている。
まあ30分位は大丈夫だと思って走り出して2500m位、
寺町の裏側辺りまで来たら、ポツリポツリ雨粒。
本降りになる前に早く帰ろう。
病院の手前を左に曲がってショートカットだ。
小道に入って、暫くして、後ろから自転車が近づいて来た様だった。
“チリンチリン”小さなベルが鳴る。
狭い道を左によけながら走る。
道は一本。何時まで経っても、自転車は追い抜いて行かない。
あれ、おかしいな。曲がる道はないし、
もうとっくに追い抜いてもいい筈なのに。
直ぐ後ろでチリンチリン鳴らして、タイヤの音までしてたのに。
思わず振り向いた。
何も誰もいない。
引き返したのかな、まいいか。
そのま走り続けた。
雨は上がっていた。気がつくと右手に中央高速らしいものが見える。
見えるということは、、、やや明るくなった。
もうそろそろ暗くなっても良い頃なのに、逆に明るくなっている。
みるみる明るくなってまるで真昼だ。
民家の塀に沿って小道に入った筈なのに
周りは背の高い夏草が生い茂って家らしき物はない。
小さい頃よく行った、そう蓼科の山荘から見晴台に向かう小道みたいだ。
ヒマワリが咲いていてトンボも飛んでいる。
あれーーーーここはどこだ、おかしいぞ、
呼吸が乱れた、心臓がドキドキした。
明らかにおかしい。こんな筈はない。
どーーしたんだろう。スピードを上げた。
先方にお寺らしい屋根が見えた。
いつの間にか本堂らしき建物の前に出ていた。
左手に鐘楼がある。
手水場の後ろから女の子が現れた。
「ドキッ、」
「あれっ、ひょっとして、、、、久しぶり。あれから何処行ってたの?」
以前内でバイトしてて、ふらっといなくなったあの佐賀のお寺の娘さんだ、
お父さんから手紙頂いた、あの娘だ、思わず近づいて行こうとしたが、
彼女表情が険しい、いつも笑っていたのに。
「来ちゃいけない、早く、早く、走って、走って。右手の門から外に出て!」
「えっ、何、何?」
「ボスの来る所じゃないから早く外に出て!」
にらみつける様に私を促した。
訳も分からず、言われるまま早足に門の外に出た。
あれっ、ここはいつもの寺町通りだ。辺りは暗い、真っ暗だ。
前からライトを点けたバスが近づいてくる。
いつもの、マスクをした運転手だ。
が、よく見ると、マスクをしているのは運転手じゃない、
白衣を来た若い男だ。
「気が付かれた様ですね。」
後で聞いたら、そのおばさん、自転車に乗って買い物の帰り、
道が狭いので、ベルを鳴らして追い抜こうとしたら、
前を走っていた私が、いきなりふらっと倒れたらしい。
慌てて家に帰りご主人と息子さんを連れて
この病院まで運んでくれた、と言う。
ふうん、お陰で九死に一生を得た訳だ。
と言うことは、あのお寺の彼女、
ぼくをあの世からこちらへこの世に生き帰らせてくれたんだ。
それでこちらへ来ちゃいけない、って怖い顔して言ったんだ。
でももう一度会いたいな。
なーんてね、、、
ジョギングの楽しみの一つは、こんなんに色々空想できること、
なんせ40分は長いから。
———-今でもジョギングはボチボチしていますが、
走るのが前よりきつくなりました。



