―――だんだんブログも佳境に入ってきました。
味噌の話じゃなくて恐縮ですが、以前に書いたもので気に入った話を
そしてリクエストも多く頂きましたので載せてみます。
顰蹙買うのを承知のうえで、、、
もちろんこれはフィクションです!
『言い訳銀行』
「それで、昨日の夜は何処へ行ってたの?」
朝ごはんの用意を済ませると、自分もテーブルに着くなり、
さりげなく発せられた妻の一言に、
後頭部をがつんと真綿で包んだバットで殴られた様な衝撃が走った。
予期せぬ問いかけに、
一瞬目が宙をさまよった。彼女はそれを見逃さなかった。
「えっ、うん、あー、そのー」言いよどんでいると畳み掛ける様に、
「だから何処へ誰と行ってたかって聞いてるの!うーうーじゃないでしょ」
まずいぞ、これはやばい、知ってるのかな、
会社の後輩の女性と食事して、Hホテルへ行ってたなんて、
こんな事、口が裂けても言えない。
何とかうまく言い逃れなくちゃ、
焦ればあせるほど頭の中では色んな地名が大回転で回っている。
「渋谷」
いけね、彼女との待ち合わせの場所だ。
「へええー渋谷、渋谷の何処?」
バカかお前は、大体渋谷なんて40過ぎた男が行く場所じゃない。
これで半信半疑で問いかけた妻の疑惑が一挙に、ソファーの横に転がってる
バランスボールの如く膨れ上がるのである。
大体において、妻が夫の動向を尋ねる場合は大まかに三つに分けられる。
一つ目は何も疑ってはいない。只好奇心だけ、疑惑度0.
二番目、然程気にはしていないがひょっとして、疑惑度20%。
三番目、かなり怪しい何でも疑ってかかる、疑惑度75%。
一番目二番目はそれほど気にすることもない、ありのまま話せば問題ない。
もしくはさりげなく話題をそらせばいい。
注意すべきは三番目の疑惑度75%以上の場合である。
これを疑惑度0にまで限りなく近づけるにはかなりのテクニックが必要となる。
肝心なのは嘘をつかないこと、嘘は突っ込まれると必ずぼろが出る。
つまり嘘をつかないで言い訳をする、これが大事。
じゃあどうするかって?
先ほどの朝の夫婦の会話に戻ろう。
彼女の場合はおそらく日ごろの夫の帰宅時間やら何やらで
少し怪しいと睨んでいたのではないか、すなわち疑惑度50%。
そこへ来て『渋谷』なんて言うもんだから一挙に90%にまで膨れあがったのである。
これからどうするかって?
まあ言ってしまったのはしようがない。『渋谷』から始めましょうか。
「うん渋谷、取引先の若いのが今度渋谷フードショウに出来た新しい店見たい、
そう東急の、って言うんで、そこで待ち合わせして、
とりあえず見て、ちょっと試食もしてみたんだよ、
そしたらさ、仕掛けは良いんだけど、味がイマイチってとこか。」
「そりゃあ勿論味噌料理に関しちゃあお前とも行った吉祥寺の
あの店の方がダントツさ、それにそこは渋谷にしては値段が高い。」
「そうこうしていたら、その会社の部長の、ほらよくゴルフ一緒に行っていただろ、
北川さ、彼から携帯入って、今から銀座で飯食うから一緒に来いって言うんで、
ええっーと思ったんだけど、とにかく行った訳だ。」
「勿論その若い方のかれも一緒さ、まあ北川とも久しぶりだったし、
そうしたらなんと、接待の席じゃない、もちろんされる側。」
「そう銀座の飛雁閣なんったら大した店じゃん。僕なんかが行って邪魔にならない、
聞いたんだけど、大丈夫大丈夫気安い相手だからなんて言うから、
ご馳走になったんだけど、名刺もあんまし持ち合わせがなくて参ったよ」
話が込み入ってるけど、込み入ってる方が良いのです。
そしてそれを出来る限り具体的に話す、
つまり女性に想像力を働かせちゃ駄目なんだよ。
そしてここで重要なのは、この話が嘘じゃないこと、本当にあった事、
本当に過去に接待の席にのこのこ着いて行った時の事、
ただし昨日じゃない。
何日か何週か前に実際にあったこと。それをそのまま何も隠すことはない、
何のやましいこともない時の事、これをありのまま喋ればいいのです。
後ろめたい昨夜の事ではなく、何のやましい事もない時の話だから、
すらすら話せるでしょう。そして自分もその時の気分に入り込んじゃうのよ。
そうすれば奥さんだって信じ込むって訳よ。
これが私の言うところの《言い訳銀行預金》
過去に行ったことのある、それでいてかみさんには話してない所、
そしてその状況、誰とどうしてどうなったか、なぜ遅くなったか、
を《記憶の定期預金》として持っておくこと。これが大事。
夫婦だからといって何から何まで全てその日にあったことを洗いざらい喋ることはない。
あっこれは使えると思えば話さないでそっと記憶にしまっておけば良い
《しめしめこれで定期預金がまた増えた》。
そして今度それを引き出したら、ちょっとその内容を膨らませて話せばいい。
聞いていても楽しい様に、これが思いやり。
ちょっと話は反れるが、よく言われるのが、夫婦だから何でも話すのが大事。
楽しいこと、辛いこと何でも二人で話し合えば、楽しさも二倍になるってね。
だけど辛い事、嫌なことも二倍になるんだよ。
二人で分かち合えば辛い事は半分ずつ、これは嘘。
どうして一人の辛さを他人に背負わせるのか?
嫌なことは自分だけで我慢すればいいじゃないか。
かみさんとはいえ人にまで嫌な気分にさせる事はない。
話が横道に逸れたけど、さてと仕上げ。
いくらがんがん飲んで食べても、中華じゃいいとこ11時でしょ。
妻は言うでしょう「だったらそこでさっさと帰ってくればいいじゃない。」
だけどそうは行かないのが男の社会。
「せっかく北川さんとお食事できたんだから、もう一軒、行きましょう、
歩いて行かれる所に馴染みの店があるから」
当然言うでしょう接待する側としては。
「僕はもう帰ろうか言ったんだけど、
北川もいいからいいからなんて誘うからついのこのこ」
「帰ってくればいいじゃないって?そうはいかないよ。
ご馳走になっておきながらじゃあはいさようならは出来ないでしょう」
「まあ銀座にしては大衆的っていうか、クラブじゃなくてスナック?
色んな国の女性もたくさんいてさ、カラオケで大盛り上がりさ。
僕?勿論歌いますよ。サザンでもキンキでも」
「ったくしょうがないわね、でも電話くらい出来るでしょ、メールでも」
「いや、気がついて慌ててしたんだよ、でも地下は繋がらないんだよ、ごめん。」
「・・・・・・・・・・・・」
「さっさと食べて早く会社行きなさい、遅れるわよ。もーーう」
こうなればしめたもの、一件落着。
膨らんでいた疑惑度90%は20%に格下げ。
言い訳バンクもさるものながら、行く場所大事だね。
まあその人の年にもよるけど、大抵の場合『銀座』って言っておけばまず大丈夫だね。
女性は銀座って言葉に対してはちょっと身構える所があってやや一目置くんだな。
この人銀座で飲んだり、食べたりするんだ。
つまり銀座は高い、高級だって思ってるんだな。
銀座の夜の女性とはそう簡単に仲良くはなれない、
まあ男として銀座で遊ぶくらいはしょうがないか、と妻は考える。
自分の金にしろ人の金にしろ銀座で遊べる位甲斐性が出来たんだ、と考える。
その裏をかくんだな。
勿論『言い訳銀行』大事です。色々な定期預金あるにこしたことはない。
そして
「じゃあ今度私もその店、飛雁閣連れてって、必ずよ」
安くはない金利を逆に払う羽目になることは覚悟しなくてはならない。
(これはフィクションです。北川さん、東急さん、飛雁閣さんごめんなさい。)
―――なんてね、自分ながらうまく書けた物語だなとは思いますが、
こんなことで、隠し通せる訳がない。
今度機会がありましたら、強かな女性目線で再度検証してみましょう。
2020-08-22 14:47:05
| コメント(0)